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内科/外科/糖尿病・内分泌内科/消化器内科/肛門内科/婦人科/形成外科/心療内科 (完全予約制) ひらいクリニック 大阪市中央区南船場3-2-6 大阪農林会館 B-1号室 TEL06-6125-5350 FAX06-6125-5351

ひらいクリニック

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戦利品

Posted on: 月曜日, 1月 31st, 2011 in: クリニックより

婦人科の女医さんが入られます

Posted on: 日曜日, 1月 30th, 2011 in: クリニックより

 婦人科の女医さんが研修にはいられます。火曜日、土曜日で出勤できる日にはいられます。4月から、伊勢志摩の病院で働かれますので、それまでに肛門疾患と乳腺疾患、それ以外の内科疾患を勉強されます。少し慣れてきたら、診療を手分けして行います。

 ご主人がオーストラリア人で、ベトナムに仕事で行ったまま日本に戻ってこないそうで、子供さん3人抱えて、ひとりで大変な環境です。診療中は、子供さんをクリニックの待合で預かりますので、みなさん協力してあげてください。

 4月以降も、伊勢志摩から診療に来てくださるそうです。地方の医療と大阪などの都会の医療は、大きな差がありますので、地方の医療を勉強することも大事だと思っています。都会の医療レベルは高いですが、その分専門化が進みすぎて、人と人とのかかわりも疎遠になっていると思います。その点、地方では専門だけ見ていればいいというわけにはいきません。婦人科の女医さんであるにもかかわらず、伊勢志摩では彼女に乳腺疾患を見るように言ってきているようです。そのために、急いで勉強をしないとならないのです。

 クリニックだけでは、十分な勉強ができないので、他の施設にも協力を依頼しています。医者は、医者が育てるのではなくて、看護師、事務員、ひいては患者さんに育てられます。なので、いろんなことを相談してみてください。大阪から地方に行かれるのですから、恥ずかしくない医療レベルを身につけていってほしいと思っています。

大事な友人が大変なことになっています

Posted on: 土曜日, 1月 29th, 2011 in: クリニックより

 状態が悪いようで、この週末は家族が付き添うそうです。彼はアマチュアバンドのボーカルでした。わたしとはある意味いいライバルでした。とても明るい性格で、肺がんがわかった後も、楽天的な考え方をしていました。

 彼が入院した病院は、昔は肺結核の病院でしたが、今は肺がんの患者さんばかりだったようです。いまどき珍しく、喫煙場所があるので、患者さんたちが集まって情報交換していたそうです。彼は、胸水で見つかったので、最初から末期がんでした。主治医からは喫煙を許可され、会いに行くと喫煙場所に行き、いろいろ話を聞かせてくれていました。

 喫煙が悪いものといわれだして長くなります。受動喫煙は確かによくないと思います。でも、彼がなったのは、喫煙による扁平上皮癌ではなくて、喫煙と関係ないといわれている腺癌です。扁平上皮癌ならもっと早くに見つかるのですが、腺癌は見つけるのが困難です。彼も、腫瘍が限局せず、肺の周囲を広がっただけだったのでしょう、胸水ではじめて見つかりました。

 がんの中で社会的に問題になるのは、罹患者が多いものです。肺がんは比較的少ないし、喫煙によるものはもっと少ないはずなのに、どうして他のがんよりうるさく規制されるのでしょうか?国が敷地内禁煙にすれば、補助金を出すのでしょうか、多くの病院が敷地内禁煙にして、職員にも患者にも禁煙を強いるようになりました。

 でも、余命が短いとわかった人に、強要すべきでしょうか?そういった意味では、友人の入院した病院は寛大だったと思います。

 病気の中で、本当に制限しないとならないものは多いはずです。喫煙なんて、ほんの一部に過ぎません。人の欲が増えた分、食事による病気はものすごい勢いで増えています。生活習慣病というものは、ほとんどが食べ過ぎによるものです。蒂に禁煙するとそっちで大変なことになるので、わたしは無理な禁煙は進めません。

 世の中におかしいと思うことはいっぱいあります。同じように思ってる人がいるのに、みな何も言わなくなったのはなぜなのでしょうか?クリニックに来てくださった方は、わたしと同感してくださる方も多くいます。いろんな形で、クリニックも助けてくれています。それが真実の姿なのではないでしょうか?医療は高圧的なものであってはならないのです。

友人が大変なことになっています

Posted on: 金曜日, 1月 28th, 2011 in: クリニックより

 ある一つの言葉から、診断が遅れいろんな事情が重なり、大切な友人が今大変なことになっています。

 遅れた理由の一つに、フランコの来日があったと思います。フランコのことで大変だろうと思い、私に連絡を取ってこなかったのだと思います。月曜日の朝になって、再入院の報告がありました。ちょうどフランコのことで休みなく動いていたので、休養を取りに行っていた出先でそのメールを見ました。

 状況がよくつかめす、大阪に戻る移動中もあちこちにメールで連絡を取りながら、本人に会いに行きました。メールだけでは分からなかったことも、本人に会うことで少し状況がわかりました。

 脳神経外科病院で勤めていたときに、頭痛があるから、ふらつくから、しゃべりにくくなったからと受診する患者さんが多くいらっしゃいました。でも、その多くは脳ではない症状でした。ところが友人は、脳に行くことはないと聞かされていたために、同様の症状が出たにもかかわらず、脳だとは思わなかったようです。

 その一言さえなければ、もう少し早くに受診してくれただろうと思うと、本当に腹立たしい思いです。医療関係者が発する一言が、いかに影響の大きいものかがわかります。

 資格を持った女性の会を早急に動かそうと思います。そのためには多くの会員が必要です。男性でも女性でもかまいません。年会費が二通りありますが、どちらを選択するかは自由ですし、いちどはいったからと言って、毎年年会費を要求することもありません。続けたければ、続けていただければいいし、必要なくなれば、脱会していただいても構わないのです。

 民意を動かさなければどうにもならない。そういった言葉をいろんな人から聞きました。それを実行するために会を発足させました。今回の友人の件も、会の活動にするつもりです。友人は、医療費の支払いを気にして、いろんなことを先延ばしにしてきたようです。なので、医療費は私に任せて一番いい方法をとるように話しています。

 何があったのかは、会の会員用ブログの中でお話しします。患者側はこういったことを泣き寝入りしてきたと思いますし、そうすることで医療側は何がいけなかったかを知ることもありませんでした。そういった繰り返しで医療は悪化していると思います。何があったのかの事実を広く公表していくことこそが再発予防につながるのだと思います。是非、多くの方の応援をお待ちしています。

卵アレルギー?

Posted on: 木曜日, 1月 27th, 2011 in: クリニックより

 私の母には卵アレルギーがあります。年をとってから、アレルギーが出たようで、今は一切卵の入った食べ物は食べません。旅館に泊まりに行くと、卵の入った料理は避けてもらいます。一緒に住んでいる妹は、母がいる日は、卵の入った料理は作らないようです。料理から卵を抜くとかなり大変なことになるんですよ。バリエーションが限られてきますから。

 ところが、母に血液検査をしてみても、アレルギー反応はないんです。卵白も卵黄も調べました。他にも、いろんなもののアレルギーを調べてみましたが、アレルギー反応はありません。彼女がなぜ卵アレルギーだとわかったかというと、バス停で話をしていた見ず知らずの人の話からだそうです。年をとったら、卵のような栄養の高い食べ物は体に悪いと言っていたようです。

 その当時、からだのあちこちのかゆみに悩んでいた母は、卵が原因だと気付きました。卵を抜いてみたらかゆみがましだったようです。それからは、卵の入ったものは一切口にしなくなったのです。でも、母のかゆみの原因は、老人性の乾燥肌のせいで、水分と油分を補給すれば楽になるはずなのです。それと、かゆいと思いだすからあちこちかゆくなってくるわけです。

 人のかゆみというのは不思議なもので、手の届くところしかかゆみによるひどい皮膚炎は起こさないんですよ。結局、描くからひどいことになるんです。では、どうして描くのでしょうか?描くと気持ちいいからですよね。人は、気持ちがいいことしかしませんからね。

 卵アレルギーが本当にあれば、卵を唇にくっつけるだけで、唇がひどく脹れてしまうそうです。あるいは食べることで、アナフィラキシーショックを起こして、全身のじんましんと呼吸苦、ひどい場合は血圧が下がったりします。アレルギー反応というのは、全身に出ますので、そういったことが起こるのです。一番有名なのが蜂アレルギーです。2度目に刺されたときに起こりますが、事前に蜂アレルギーがあるかどうかはわからないので、ショック症状が起きないとわからないわけです。

 そう考えると母の卵アレルギーは、本物ではないと考えられます。ではなぜ卵を食べるとかゆくなってくるのでしょうか?思い込みですよね。人の気持ちというのは、すごい力を持っていて、何かを思いこむと症状が再現されるのです。実際に、心拍数が上がってきたり血圧が下がることもあります。本人がそうしようと思っていなくても、体が覚えていて同じ症状を再現するのです。

 人間の体にはまだまだ分かっていないことが多くあります。病は気からという言葉はまんざら嘘ではなさそうですね。。。。

薬のアレルギーについて

Posted on: 水曜日, 1月 26th, 2011 in: クリニックより

 少しおかしいことに気が付きました。薬のアレルギーについてです。医療機関では、問診票などで薬のアレルギーについてかなりしつこく聞きます。外科系ではそれに加えて、キシロカインアレルギーがないか詳しく聞いています。アレルギーがわかっていれば、事前に対処できるからです。

 でも、アレルギーがないと書かれていても、まだアレルギーがあるかどうかわからないことと同じ意味ではないでしょうか?アレルギーがあるとわかっている場合は、過去にその薬を使って何か起こしたことがあるわけで、それに対応した医療機関があるはずです。何にアレルギーを持っているかは事前にはわかりませんし、アレルギーを起こしたかもしれないと思っても、本当にアレルギーかどうかを確認するすべもありません。

 多くの場合、症状などからアレルギーがあるのだろうと判断するだけです。

 私も過去にいろんなアレルギーらしい症状を見ました。でも、本当の意味でのアレルギーは見たことがありません。多くは、体調不良の時に薬を使ったために起きているようです。体調不良の時に、食べ物に当たりやすいことと同じだと思います。食べ物にも、いろんな副作用があるので、薬の副作用だけ特別扱いするのもどうかなと思うこともあります。

 キシロカインアレルギーと言われている人の多くは痛みに対するショックだと言われています。局所麻酔が十分聞いていないのに、処置を続けたために痛みに対してショックを起こしているといわれているのです。外科の現場では、予定手術では、キシロカインに対してアレルギーがないか神経質に聞きます。どうやって聞くかと言うと”歯医者で麻酔を受けたことがありますか?その時何もなかったですか?”という聞き方です。

 多くの方が、初めて局所麻酔を体験するのが歯医者なのです。虫歯になって痛んでいきますので、麻酔を打たれます。なので、キシロカインアレルギーがあるかないかは、歯科医がからだを張って調べていることになりますよね。歯科では、局所麻酔をするときにルート確保(事前にショックに備えて点滴をしておくこと)はしていません。でも、医療の現場では、何かあった場合に備えてルート確保が行われます。歯医者で、アレルギーは起こさなかったといってもそうされるのです。

 歯医者で使うキシロカインは4%と高濃度です。神経まで麻痺させないとならないので、高濃度を使う必要があるようです。外科で一般的に使うのが、0.5%とか1%なので、かなり高濃度ですよね。勇気があると思いますよ。逆に、医療の現場のほうはトラブル回避のためにいろいろやりすぎですね。トラブル回避の多くは、自分たちを守ることであって、患者さんのためにということではないと思います。

 とはいっても、医療の現場でもアレルギーを聞かずにキシロカインを使うことがあります。けがをして血を流してきた方には、聞いているひまもないし、キシロカイン以外の局所麻酔の方法はないので、どうしようもないんですよね。もし、指を切って病院に行って、キシロカインアレルギーがあるとわかったら、全身麻酔でもかけるのでしょうか?

 もし、本当にアレルギーが出てショックに陥った場合どうするのでしょうか?ショックを緩和する薬はもちろんありますし、最悪の場合でも、薬の効果が切れてショックから戻るまで、生命維持装置につなげれば大丈夫なのです。病院にはその装置がありますが、歯医者にはありませんよね。そんなこと考えていたら、怖くて歯医者には行けないじゃないですか。。。。 

 いろんなことが、神経質になることで逆に不安を作ってしまっていると思います。特に医療の現場では、書類がどんどん増えています。過去に何かあるたびにサインする書類が増えてきたのだと思います。そのせいで、書類に目を通すほうが忙しくて、患者さんとゆっくり話をする暇もなくなってきています。あれ?って思いません?

男性医師が研修に入っています

Posted on: 火曜日, 1月 25th, 2011 in: クリニックより

 不定期ですが、土曜日に男性医師が研修に入っています。4月からの研修医受け入れの準備のために指導者の教育を始めています。問診の立ち会い、再診での薬の相談などは彼のほうでさせていただくこともありますが、処置室での診察には立ち会いませんので、ご了承ください。男性医師に聞かれたく内容は、処置室でおっしゃってください。

 彼が入ったことで、男性の肛門疾患、性感染症診療を始めています。彼自身のサイトも近いうち立ち上げますので、メール相談なども直接行ってもらえるようになります。当面は、男性の診察依頼は、私のサイトの予約のほうからお願いします。

 また、別に婦人科の女医さんに診療の手伝いをお願いしようと思っています。ゆくゆくは、男性医師は別の時間帯に”ジェントルマンクリニック”といった形での診療を予定しています。

 世の中に、レディースクリニックが乱立しだし何かおかしなことになっていると思います。あるレディースクリニックを訪問した時、待合にも男性を入れさせませんでした。ご主人や息子さんが同伴してくることもあるだろうし、なぜそこまでレディースにこだわるのかと思います。逆に、男性だけを見てくれるクリニックが必要になっているのではないかという気もしてきました。

 当院は、レディースクリニックではありません。実際のベットでの診察については女性スタッフだけで対応していますが、それ以外には男性スタッフもいますし、彼氏やご主人が一緒に診察室に入ってこられるのも許可しています。いろんな治療の上で、男性の協力が必要な場合もありますし、夫婦間の接し方に介入しないとならないこともあるからです。

 家族で来られる方にも対応できるように、子供の遊び場もありますし、手の空いているスタッフが面倒も見ています。できるだけ、普段の生活の環境の一部に診療があると思っていただきたいからです。また、音楽に国境がないように、医療にも国境はありません。当院では、日本語以外に3ヶ国語で対応できるように準備を始めました。少し時間がかかると思いますが、なるべく言葉の壁がない環境を作っていきたいと思っています。

フランコとのこと

Posted on: 日曜日, 1月 23rd, 2011 in: クリニックより

 国を超えての友情だったと思います。2009年7月オークランドでたまたま入った店で彼は演奏していました。1時間ほど、演奏を聴いて踊って楽しんだと思います。演奏が終わってから、バーテンダーさんに頼んでジャックダニエルをいっぱいごちそうしました。バーテンダーさん通じて連絡先を教えてほしいと伝えてもらうと、彼がやってきてメールアドレスを書いてくれました。。
 
 日本に戻ってから、翻訳ソフトを使ってメールを書きました。”大阪に来たら、ライブができる場所は作ってあげるよ。”返事が来ると思っていなかったので、英語で返事が来たときはびっくりしました。英語があまり得意ではないので、ニュージーランドに住む友人に間に入ってもらい、2-3通メールのやり取りをしました。すぐにでも日本に来たいと言い出していたのですが、私のほうに事情ができたので少し待っててくれと伝えてもらいました。フランコから聞くとそのあと数カ月は連絡が途絶えていたようです。

 去年の夏前に再び連絡をとりだしました。ニュージーランドに行くことが決まったからでした。でも、どう話を進めていいのかわからなかったので、再会することができればこの話を進めましょうと伝えてもらいました。2010年7月にニュージーランドのクイーンズタウンをおとずれました。いつもなら、オークランドに移動してから帰国になるのですが、クイーンズタウンからそのまま帰国できるように変わったようでした。再びフランコの演奏が聴きたかったので、オークランドに一泊して、成田経由で帰ることにしていました。

 あの日のライブハウスで演奏していると思っていましたが、昼間にマオリ族のイベントに出演しているとのことでした。そのイベントに来るように言われましたが、飛行機の時間と会わないと伝えてもらいました。それならと6時にホテルのロビーに行くと。6時少し過ぎて、彼がやってきて、彼のオリジナル曲が入ったCDをくれました。メールの向こうにいた人が、本当に表れたんだと少し興奮しました。後で知ったのですが、彼が演奏していた店はつぶれていたようです。

 2度の出会いとも、5分くらいのことでした。私は何も話さなかったようで、今回の来日で片言で話していると、英語をよく勉強したんだねと言われました。彼は、私が全く英語がわからない人だと思っていたようです。2度の出会いでもらったものは、メールアドレスとCD1枚だけです。

 たったそれだけのことで、私たちがお互いを信用したことも不思議なことでした。たった一つの約束から始まった今回の再会は、本当に不思議なことばかり続きました。連鎖反応が起こったように二人の周りにいろんな人の縁ができていき、静かな水の中に水滴が落ちた後のように輪が広がって行きました。

 私がしようとすることは、周囲には理解しがたいようです。今回も飛行機の手配からホテルの手配、ライブ会場の手配など、ほとんど一人で進めてきました。周りに話をしても、現実味がなかったようです。ひとりでできると思っていたことの多くは人の助けがあってはじめて進んで行きました。

 フランコが飛行機に乗ったころだねと聞かされたときは、本当に興奮しました。本当に来るんだと思いました。関空に迎えに行ったスタッフから、到着したと連絡があり、フランコに電話を代わってもらったときは、本当に来たんだってびっくりしました。その後、金沢の宿で合流するまでまだ現実味がなかったのですが、宿の玄関で迎えてくれたときは、感動の再会でした。1年半かかったけど、やっと約束が果たせたと思いました。

 そのあとの10日間は、本当に流されるように進んで行きました。仕事は通常どうりしていたので、いろんな人にお世話になりました。いつもものすごく忙しいドラマーの人が、たまたま開いていたために最終日はフランコのためにバックバンドも作れました。本当に縁のあった人が集まった気がします。

 最後の夜、ベランダで夜景を眺めながら、彼は私のことを天使だと言いました。私にとってもそうだよって話しました。アメージングストーリーだったねと言うと、必ず自分の力で日本に戻ってくると言いました。ストーリーはまだ終わっていないことは、彼も私もわかっているようです。

 今回お世話になったかた

 金沢で通訳をしてくださったMさんとその生徒さん。なんと次の日生徒さんに運転させてある寺に行っていたようです。後でそのことを知ってびっくりしました。金沢の喜兵衛のおかみさんは、フランコをホテルまで迎えに行ってくれました。セイモアでは新しくできたレンタルショップで30cmの靴と板、ウエアーを借りることができました。去年までは30cmの靴なんてなかったんですよ。夜には宿にたまたま泊っていたお客さんがフランコの演奏を聴いてくれました。ホットワインを飲みながら、畳の上で日本での初ライブでした。大阪では、MACのママさんが温かく迎えてくれて、豆腐料理店のマスターも歓迎してくれました。シカゴロックでは、りゅうのすけを前座に手配してくれていて、彼の演奏を待ち構えてくれていました。予防会大阪病院では、看護部長が本当に暖かく迎えてくれました。いろんな場所で、通訳ができそうな人を用意していてくれたり、ニュージーランド人が来ると聞いて、駆けつけてくれた人もいました。出迎えるはずだった母は、骨折して入院してしまいましたが、二人でお見舞いにも行けました。

 フランコの話は早くからあちこちでしていたのですが、みな本当のことだとは思わなかったようでした。彼を連れていって初めて本当のことだったとわかったようです。

 もう少し、彼が去った後の後始末をしたら、元の生活に戻らないとなりません。次に再会できる日を夢見て、また新しいことに挑戦していきましょう。

みんなの感想

Posted on: 土曜日, 1月 22nd, 2011 in: クリニックより

フランコと過ごした12日間、彼と出会った人が何を思ったのかを教えてもらっています。感想が届いた順に乗せていきます。

★受付担当女性スタッフ

いつも機嫌が良くて陽気で、良い意味でちゃらんぽらん。
でも、音楽の事になると顔つきが変わり、すごく真面目になって自分も楽しんで周りも楽しませようっていうのが伝わってきました。
OnもOffも100%楽しんでいて、近くにいる人が元気になれる太陽のような人でした。
周りに気を使い過ぎて疲れてしまっている人がたくさんいるのですが、まずは自分が楽しく過ごしていれば、その良い感情が伝染して、周りの人も楽しい気分に出来るんだなと思いました。

★着付けのモデルになった女性スタッフ

言葉の壁』があっても
心は通じます。

★京都観光につきあってくれた女性

フランコを一言で表すなら「素直」です。
寝る食べる歌う喜ぶなど常に自分の感情に素直に生きているように感じたからです

★書道の手配をしてくれた女性スタッフ

フランコって
私にとっては
風のような人でした。

突然やってきて、
みんなに
笑顔を一杯振りまいてくれて、
そして
あっと言う間に
私たちの前から
消えて行きました。

フランコは
普段は
おちゃらけを言っては
私たちを笑わせてくれ、
子供のような無鉄砲さで
私たちをハラハラさせてもくれました。

でも、
ライブでは
彼の
人としての本質を
見せてくれました。
彼の歌
しっかり
心に響いてきましたから…
メジャーデビューは
してないとの事ですが、
彼の歌は
充分
人の心に
届いてますよね…

彼は
無邪気でヤンチャな面もあるけど、
やる時は
やってくれちゃってるんですよ。

人って
それでいいと思っています。

クソ真面目に
生きるだけでなく、
サボったり
回り道しながら、
楽しめればなぁ
って
思います。

★関空での出迎えと見送りを担当してくれた女性スタッフ

Frankoさんに出会い。

会話ができなくて不安。。。

でも、トビっきりの笑顔で近づいて来た。。。

不安解消!!

いつも“Thankyou”と“ありがとう”と言ってくれる。

最近はありがとうの感謝の気持ちをあまり口にしていなかった自分にきずいた。。。

優しい気持ちはひしひしと伝わってくる。。。

その気持ちは歌声にも表れる。。。

心が穏やかに和む。。。

たった一人の人なのに何だか暖かい気持ちになるのは不思議。。。

きっと彼は私の忘れている事を思いださせてくれたんでしょう。。。

彼が私たちに投げかけてくれた物は、きっと彼に返ってくるでしょう(^^♪

★ライブをたまたまた聞きに来た女性ジャーナリスト

フランコとの偶然の出会い、すばらしいものになりました。
彼の歌声に、思わず聞き入ってしまった。
すごく伝わってくるもの、ありました。

そして、フランコのハングリー精神にも拍手。
今後、ぜひお手伝いさせていただきたいと思います。

また1人、海外の貴重な友人が増えました。
再会が楽しみです!

一番支払いをしてもらえないのが医療なのです

Posted on: 金曜日, 1月 21st, 2011 in: クリニックより

 一番支払いをしてもらえない業種が医療だと知っていました?厚労省の地方分局の近畿厚生局には、これはしてはだめ、これはしないとだめといろいろ指示されます。実際に診療をした後は、国保連合とか社会保険機関に、これは支払えませんとか平気で言われます。それをいう人たちのほとんどは、医療を知らない人です。

 現場を見てない人たちに、カルテとレセプトの紙だけでとやかく言われるんです。実際に患者さんを見てもらえれば、必要だとわかってもらえるはずのことも、現場にはきませんから、器械的に処理されます。

 飲食店でアルバイトしていたこともありますから、一般の業種がどれだけの利益を出しているかも少しは知っています。そういった目で見れば本当におかしな世界なのです。医療がサービス業だと知っていましたか?飲食店と同じなのですよ。でも働いている人は、善意で動いています。なんとか患者さんの苦痛を取りたくて、日々悩んでいるのです。どうしてそんなギャップがあるのでしょうか?

 ドイツではかなり昔から医者がタクシードライバーをしていました。医者が余ってきたからでしょう。ところが日本は現在になって医者不足と言われています。30年ほど前には、医者は余るからならないほうがいいと言われていたのにです。当時は、歯医者になるほうがいいと言われていましたが、シカは今は飽和状態になり経営が苦しいようです。

 どうして日本は医者不足になったのでしょうか?たぶん、使える医者が減ったのだと思います。専門家が進み、専門以外はほかの科にふるようになり、本当は一カ所で済んだ受診も何カ所も行かないとならなくなりました。それとは別に、病気が増えた気がします。本当の意味での病気ではなくて、病気を作ってしまっている気がします。昔に比べて、病気だと思ってる人が増えています。

 今の医療は医療関係者が生活できないほどに追い詰められています。うちのクリニックはもうからないことを分かったうえで開きました。スタッフもそのことを分かってくれています。足りない分はほかで働けばいい。そう考えています。医者がもうかっているなどといった話は、すでに20年以上前の話です。なぜこんなことになったのかは、国民と政府の考えが変わってきたからでしょう。

 政治にも法律にも何も頼る気はありません。一国民から何事も変えないとだれも変えてくれないからです。クリニックという枠にとらわれず、なんでもやっていこうと考えています。枠にはまる必要はないからです。日常の延長線上にいろんな商売があって医療もその一つに過ぎません。たったそれだけのことなのに、誰が難しくしてしまったのでしょうね。