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ひらいクリニック

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天満音楽祭に出ることになりました

Posted on: 金曜日, 9月 16th, 2011 in: クリニックより

その日は地方に行っているので無理だと話していたのですが、飛行機で戻ってすぐにシカゴロックに駆けつけることになってしまいました。最近、バンドもしてないので、声を出す練習から必要なのですが、あまり時間もないことだし、どうなることやら。。。。
http://www.ten-on.jp/

曲は、2曲、スタンドバイミーとホールドオンと言う有名な曲です。私自身も慣れた曲ですが、当日初めて会うギタリストやドラマーとどうやれるのかは不安です。セッションに慣れた人はいいのですが、私などは、固定のバンドでずっとやってきた人なので、セッションは不慣れなんです。

でも、どういった形でもいいから、音楽活動を再開しないとならないでしょう。やってみるしかないって感じですね。

10月9日日曜日 夜の8時ころ、シカゴロックで歌っていると思います。是非お誘い合わせのうえ、お越しください。。。

 

物忘れがひどくなった。。。。。

Posted on: 水曜日, 9月 14th, 2011 in: クリニックより

本人がそう話す場合、忘れてないことが多いと思います。忘れてたことを思い出している場合は、物忘れがひどくなったということには入らないと思います。たいがいの場合は、他のことに気を取られて、あまり重要でないことを少しの間、頭の片隅に移動させていたということになるでしょう。”あっ、忘れてた”そう言って思い出す場合は、物忘れではないと思います。

人は、忘れてしまったほうが楽な場合も多々あります。昔の友人との約束を果たせず、相手はきっと忘れてしまっているのに悩んでいる人を見たことがあります。その場合、その時点まで戻ってやり直さないとならないわけで、忘れてもらうか、他の人で同じ体験をさせるしかないです。

約束は、必ず守らないとならないと思っています。言ったことは、実現させるように行動すべきです。やってみたけどだめだったら仕方ありません。言うだけで、何もしない人は、尊敬に値しないと思います。人はみな目標に到達できなければ、いいわけをします。でも、それは他人に言うことではなくて、他人には結果だけでいいはずです。いいわけしてもなにも状況は変わらないし、他人はそんな話には興味ないからです。

記憶と言うのは、何度も繰り返すと確実に残っていきます。子供のころの思い出などは、何度も思い出したので、記憶にしっかり残るのです。思いだしたことがないことは、忘れていて、なんかの拍子に思いだします。興味のないこと、思い出すことがあまりなかったことは、記憶にはあまり残りません。

認知症になると、短期記憶ができなくなるといいます。昔の記憶はしっかり覚えているのですが、さっきしたことが思い出せないのです。食事が終わったのに、ごはんはまだか?と聞かれたら、もう食べたでしょと記憶を思い出させるのではなくて、作ってるから待っててねと他に気をそらせるようにするといいようです。お金を盗まれたと騒がれた時も、誰もそんなことしないでしょと言うのではなくて、先におやつを食べましょうと、気をそらすそうです。

認知症は、ある人に言わせると、死への恐怖から逃れるために忘れると言われています。なるほど、若い人には起きないですね。年をとってくると、周りの知り合いが徐々に減ってくる、そんな中で、次は自分かもしれないという恐怖が出てくるのでしょう。ところが、認知症になると長生きするとも言われています。恐怖と言うストレスがなくなると、長く生きられるのかもしれません。

医学もそうですが、まだまだ人間のことはわからないことだらけです。わからないから、病名で分類したり、人種で分類したりします。でも、それもまた間違いかもしれませんよね。基本は、いぬやねこと同じ哺乳動物であるということだけは、確実ですけど。。。。

白浜に行ってきました

Posted on: 火曜日, 9月 13th, 2011 in: クリニックより

子供のころに家族旅行で、唯一行っていた場所です。うちは、貧乏だったので知り合いの建築会社の家族が、招待してくれて、白浜の川久と言う高級旅館に泊っていました。今は、経営が変わってしまっているようですが、当時は、トップクラスの旅館だったと聞いています。電車で白浜に向かい、ホテルの車で旅館まで移動したと思います。夕食後は、猿楽や雅楽など日本の伝統的な催しをやっていました。

ホテルにはプールがありましたが、泳げないころから父に突き落とされていたのは覚えています。そのころに泳ぎを覚えたようです。早朝に起こされて、太刀魚釣りに行ったこともあります。釣竿を使わず、糸だけで釣る方法ですが、連れた太刀魚は、刀のように本当にきれいでした。父親が、日本刀の愛好家だったので、昔から刀と言うものをまじかで見ていたので、太刀魚が本当に刀のように見えたのだと思います。

今回、電車で白浜に行ったのですが、駅に降りた時の雰囲気は、子供のころの思い出どうりでした。9月に入ったので、海水浴はできないかと思っていたら、浜ではフラダンスの発表会をしていて、まだまだ賑わっていました。早朝に泳ぎに行ったのですが、人影もまばらで、プライベートビーチの状態でした。水も透明できれいですし、砂も真っ白でとてもきれいでした。わざわざ、海外のビーチに行く必要はないんだなと思いました。浜辺には、露天風呂の温泉もあり、そこで着替えもできます。

海外のビーチと違うのは、ホテルがビーチ沿いにないことぐらいでしょうか?でも、タクシーを使えば、少し離れたホテルからでも、簡単にビーチに行くことができます。8月は人ごみで海も汚れるそうですが、9月15日まで海水浴場として開けているようなので、お薦めします。また、崎の湯と言う露天風呂の近くには、反対たまごと言う温泉卵があり、その場で食べさせてもらえます。両方とも5時くらいまでに行かないとしまってしまうので、早めに行くといいでしょう。崎の湯は露天風呂のすぐそばに海があり、海の波が時々風呂に入ってきます。とても景色のいい場所です。

アドベンチャーワールドも始めて行ったのですが、イルカショーは感動しました。サファリパークのほうは、スペシャルバスと言うものに乗ったのですが、きりんににんじんをあげたり、ライオンをまじかで見ることができたりなど、大変面白いツアーでした。暑いからライオンが寝ていると思いきや、一日に4時間しか起きていないそうです。猫のように固まって寝ている姿は、とてもかわいらしかったです。

ぱんだも、双子が1歳になったところだそうですが、本当にぬいぐるみのようでした。子供のころに東京のほうの動物園に見に行った記憶がありますが、人ごみでまともに見れなかったと覚えています。白浜では、少しゆっくり見ることができました。ペンギンも見ていると寄ってくるので、面白いです。なに、なに、なに?と言っているように見えました。ペンギンの散歩も見れ、ぞうにバナナをあげ、面白い体験ばかりしてきました。

ぞうが写真を撮ろうとすると、鼻を上にあげて、ポーズをとるのです。見ている人は、みな、ぞうが勝手にしていると思って、賢いねと言っていましたが、横についているタイ人?が声で合図を送っているのを発見しました。いくらなんでも、ぞうが状況を認識できるはずないですもの。。。。乗り物もいろいろあって、子供だけでなく大人も十分楽しめる施設でした。

白浜は、少し田舎にあるせいか、働いている人が本当にあったかい感じがしました。市の施設も多いようで、町全体で頑張っているなと言う感じがしました。一度、グアム24時間滞在と言う弾丸ツアーをやりましたが、グアムまで行く必要はないなあと言う感じです。大阪から、たった2時間で行けます。是非、おとづれて見てください。

無事、勉強会が終了しました

Posted on: 日曜日, 9月 11th, 2011 in: クリニックより

思いのほかたくさんの人に集まっていただき、心電図と歯科金属アレルギーの勉強会が終了しました。心電図の勉強は、脳梗塞予防の話まで発展しましたし、歯科金属アレルギーの勉強は、アトピー性皮膚炎の治療の話まで発展したので、意外と幅広い内容でした。また、昨今言われている歯周病菌が心内膜症の原因だと言われている話も、まだ真意がわかっていないようで、歯科と循環器内科に関連があることもわかりとても興味深かったです。

昨日は、いろんな医療機関から人が集まってくださって、お互いの交流の場にもなりました。勉強会と言っても、そばで子供も遊んでいたので、他とは違った雰囲気でした。子供のお母さんは、看護大学に行ってたことがあるそうで、日本語はわからないのに、心電図の話はわかったそうで、そのことがもっとびっくりしたことですね。

人には二通りあります。起業して成功するタイプと雇われで実力を発揮するタイプです。自分がどちらのタイプなのか、じっくり考えてみるのも面白いですね。私は、クリニックや会社を起業していますが、雇われのほうが、実力を発揮しやすいタイプです。ナンバーワンより、ナンバーツーが性に合ってるんですよ。でも、今やらないとならないことは、やるしかないんですよね。

それも、なんだか楽しいじゃないですか。。。いつか、雇われの身に戻れることを考えながら、スタッフの生活を守っていきます。

パチンコ屋さんに行ってみました

Posted on: 土曜日, 9月 10th, 2011 in: クリニックより

隣接する焼き肉屋さんがあくまで20分ほどあったので、久しぶりにパチンコ屋さんに入ってみました。前に、入ったのは10年近く前だったのですが、ものすごく進化していました。パチンコ台は派手でなんだか分からないボタンもあるし、台の中の画面も大きくなっていました。店の中も明るく、カフェのようなスペースもあり、とても近代的な雰囲気でした。

1000円だけやってみましたが、すぐに終わってしまいましたね。。。実は、パチンコは高校生の時にやめたのです。電動になってしまったので、やめました。学校が嫌いだったので、ときどきさぼっては母とパチンコ屋に行っていたので、友人たちにも”また、パチンコ屋に行ってたんだろう”と言われていました。特にパチンコが好きなわけではなく、たまに時間つぶしに遊んでいるだけでした。

3歳までの記憶はありませんが、母の話によると父は赤ん坊の私を連れて、パチンコ屋に行き、自分のそばで遊ばせていたそうです。父は、私をジャケットの中に突っ込んで、バイクで走り回っていたので、母は、とてもハラハラしていたそうです。3歳年下に妹ができ、父の愛情は妹に移りましたので、私の記憶には、父がそばにいたことは残っていません。

その後、高架下で、靴下屋の露天商をしていた祖母を時々手伝っていたので、祖母に連れられてパチンコ屋に行ってました。パチンコの打ち方は、祖母に習ったのだと思います。レバーにうまく指を引っ掛けて、てっぺんあたりにうまく球を落とす。左手で、うまく球を入れていくなど、いろんな技術が必要だったと思います。当時は、1000円もあれば、長い時間遊んで景品までもらえていましたので、今のパチンコとはかなり違いますね。

小さいころから、パチンコ屋に出入りしていたせいか、今もパチンコにはあまり興味がありません。ただ、昔のような手打ちのパチンコ屋さんができたら、また行くかもしれません。今のパチンコは、かけごとになっているようですが、昔は娯楽でしたからね。変わってしまったことは、残念で仕方ありませんね。

パチンコ玉が、あちこち動き回る姿をじっと見ていると、余計なことも考えませんし、頭の休憩になったんだと思います。球がうまくチューリップに入ってジャラジャラという音が聞こえると何となくうれしくなりますし、小さなストレス発散になってたんだと思います。集めた球をカウンターに持っていって、どの景品と変えてもらうか考えるのも楽しかったですね。

日暮れ時に、紙袋いっぱいになったお菓子を抱えて、”ママびっくりするだろうな”と言いながら、母の驚く顔を想像しながら、父と帰路についた記憶が、かすかによみがえってきました。

クリニックの支店?ができそうです

Posted on: 金曜日, 9月 9th, 2011 in: クリニックより

以前から構想していたジェントルマンクリニックを作ることができそうです。ある内科が、廃業に追いやられるので、複数の医者ですぐに再開させようとしています。医療機関には、必ず患者さんが付いているので、簡単にやめるわけにはいかないのです。ところが、企てていた医者はみな近畿厚生局から目をつけられていたので、スタートが困難に思えました。しかし、ノーマークの医者が見つかったのです。

いろんな案が出ていますが、とりあえず時間がないので、あらゆる人に動いてもらわないとなりません。ひらいクリニックも、たった3ヶ月でゼロからスタートさせたので、すでにある施設を使えば、もっと短時間でスタートに持っていけるはずです。

まずは、海外渡航者が受けないとならない特殊な予防接種を扱っていこうと思います。それ以外に、水商売の人に合わせた診療時間を設定して、医療機関に行きづらかった人のためになるように考えないとなりません。脳外科医、外科医、麻酔科医で作るクリニックなので、本当に面白いものになると思います。単なる開業医ではありませんよ。

クリニックももうじき1周年を迎えますので、関係者を集めてのパーティの準備もしています。お世話になった方へのお礼をしたら、やっと一段落します。大阪だけでも、いい医療が受けられる街にしたい、そういう思いが少しずつ伝わりだしている気がします。

救急のたらいまわしについて

Posted on: 木曜日, 9月 8th, 2011 in: クリニックより

救急のたらいまわしについて書かれた、冊子を見ました。埼玉や千葉など人口当たりの医者の数が少ない場所で多く起こっているそうです。しかし、大阪のような大病院が乱立している都会でも起きていると書かれていました。大病院がたくさんあれば、うちが断ってもどこかがとるだろうと思うからです。断った後その救急がどうなったかをすべて知ってもらうようにすればいいと思います。それを知らないから簡単に断るんです。

矢木脳神経外科病院では、連絡が何件目なのかを調べていました。東大阪など遠方からの救急は3件目だということはざらにありました。矢木ならすぐに受けるのだから、最初から矢木に連絡すればいいのにと救急隊に話したこともあります。でも、それはできないそうです。なるべく近くから探さないと、患者さんにも叱られるようです。

救急の記事の中には、ある不幸な話が書かれていました。夜10時に骨盤骨折、受け入れ先がなかなか見つからないために、出血多量で亡くなられた方のことが書かれていました。当直時間帯は、医師が一人しかいないこと、手術までできる準備がないと、骨盤骨折などの重傷は受け入れ困難だということが検証されていました。

でも、そうでしょうか?何をやっても助からないことがあります。骨盤骨折は折れる場所によっては軽傷で済みますが、どうにもならない場所もあるんです。目の前で、出血でおなかが膨れて行っても、手が付けられないことも多々あります。出血というのは、出ていく場所がなくなれば止まります。なので、それを待つしかない状況もあるのです。

この件では、医者が不足する夜間帯に受傷していることはある種、本人の運命だったのではないでしょうか?骨盤骨折でも、何もしないでも治ってしまう場合もあるのです。打ち所が悪かったとしか言いようがありません。

では、夜間の医者を増やせば、たらいまわしはなくなるのでしょうか?現実的には無理です。国が医者の当直は、宿直扱いしているので、必ず翌日に通常業務があるからです。当直医は翌日の仕事に影響でない範囲でしか動けません。また、医者だけでは何もできないので、オペをするならオペ室のスタッフが数人は必要になってきます。病棟と違って、オペ室は翌日には定期の手術があるので、医者と同じ扱いを受けます。寝ないまま次の手術に突入なんてざらにあるんですよ。

あと、冊子に書かれていましたが、産科救急を取ろうと思えば産婦人科医のほかに、麻酔科医、小児科医まで必要だと。それだけそろえるのは難しいだろうと。。。でも、そうでしょうか?そろえてからとる必要はないはずです。とってから一人で手におえないなら、応援を呼べばいいのです。これには複数の病院の協力が必要だと思います。複数の病院の医者がネットワークを作って、何かあれば応援に駆けつける準備をすればいいのです。一つの病院で解決しようとするから無理があるのです。

でも、もう一つ立ち返れば、なぜ専門医を集めておく必要があるのでしょうか?かかりつけ医でもそうですが、救急をする医者はオールマイティで見ることができるのです。夜間は極力、何もしないのが原則です。粘るという言い方をしますが、環境が整う朝まで粘るんです。無理して、何か処置をしようものなら、もっとひどい状況に陥ることを経験上からわかっているからです。

なぜこんなことになったのか、それは民意です。どんな時間でどんな状況でも、専門医に診てくれという民意のわがままから、専門ではないからと断りだしたのです。救急の崩壊は、それを利用する人によって作り出されてしまったのです。変えるべきは民意ではないでしょうか?

乳がんを早期発見するために

Posted on: 水曜日, 9月 7th, 2011 in: クリニックより

昨日、民間の方で乳がんを早期発見するためにいろいろ活動されている方と知り合いました。乳がんを触るとどんな感じか、そんなサンプルがあるそうです。それを触らせて、”ね、素人では分からないでしょ、だから検診に行きましょうよ”と話をしているそうです。

ところで、検診の触診がどれだけ精度が高いか?検診は市町村が行っていますが、私が知っている限り、内科でも小児科でも触診させていました。乳がんを触ったことがない人たちです。また、多くの婦人科が触診を行っていますが、婦人科の先生に触診方法を習うようで、触診方法が全くなっていないのです。子宮がん検診を習い出したころに、何人かの婦人科の先生に触診方法が間違ってると話をして、本来の触診方法を教えました。

触診で、一番いいのは、自己検診です。特に、生理が終わって次の排卵が起きるまでの間が一番触りやすい時期です。その時期に合わせて、検診に行くほうが難しいと思いませんか?また、最近の若い人は乳房が大きくて硬くなりだしています。食事の欧米化で、外国人のような乳房に変わってきているのです。こうなってくると触診は、かなり精度が落ちます。”あなたの乳房は、乳腺エコーしておいたほうがいいですよ。”そうお話しています。

また、知り合った方は、食生活と乳がんが関係ないといいきっていました。誰からそんなことを聞いたのでしょうね、逆です。食生活が乳がんを作っているのです。昨日は、たまたまテレビを見ていると教育は洗脳であると話されていました。私は、ずっと前から、日本がされてきた洗脳を解かないとならないと訴えてきています。おとといは、地方の病院が地域住民によって閉鎖に追いやられていることも知りました。本来は、地域住民が病院を守らないとならないのにです。

民間の人は、敵が病院であったり、医療関係者であったりすると思っています。まったく違いますよ。敵は厚労省であり、国なんですよ。医療を崩壊させているのは、国の政策なんです。いい加減、気付いてほしいですね。

今日は、朝から日本大学医学部付属練馬光が丘病院の記事を見ました。その中に、内科系では保険点数で100円稼ぐのに109円を要する「-9%」の逆ざや状態。そして、産婦人科も100円稼ぐのに118円の費用が発生するという「-18%」の逆ざや状態と書かれていましたが、内科系はまだましで、産婦人科系も参加があればまだ収益はありますよ。外科系、肛門科でこの数字を出してほしいと思います。逆ざやどころではないと思いますよ。

クリニックは、月に200万の経費がかかっています。保険診療ではいるのは、100万円程度なので、よそでアルバイトして補てんしてますが、それも40万円程度、月60万円の赤字です。当然、融資も受けていますが、こんな状態でどこまでやっていけるか不透明です。医療機関の実情が、こんなことになっているって、誰も思ってないでしょうね。

経費がそんなにかかってるのは、医者の給料が高いと思ってます?私は、クリニックからは給料なしで、別に作っている会社から、月15万いただいているだけですよ。それも、最近になってやっともらえるようになっただけです。これが、実状なのです。

後輩たちがひどい目に会ってるようです

Posted on: 火曜日, 9月 6th, 2011 in: クリニックより

3人の後輩がひどい目に会ってるようです。以前より、私のところには相談事がよく寄せられるのですが、それが3件重なることがよくあります。以前は、自分あるいは近い存在の人のがんの相談が、3件相次いだことがあります。後輩から、がんの相談が来るなんて、本当に悲しい話でした。

今回は、3人の医者の仕事のことの相談が、1日に3件も相次ぎました。ひとりには、前から大学をやめるように話していたのですが、その時期が来たようです。今後の仕事のことを早急に相談して決めていかないとなりません。

もう一人は、アルバイトを探してあげれば済みそうです。本人の専門性も生かしてもらえる場所も提供できそうです。もう一人は、これからどう対応していくかを考えていかないとなりません。地方での医療が崩壊しかけているようです。

後輩からのメールの最後の言葉が衝撃的でした。
経営側がアホな患者の為の便利な病院を目指すために、優秀な医師が機関病院を去っていくという悲劇が起こっているように思われてなりません。

土地に呼び戻されると言うこと。。。

Posted on: 月曜日, 9月 5th, 2011 in: クリニックより

私は医学にかかわってきたので、科学者だと思います。データを集めて、論証して結果を導き出す、そういう仕事ばかりしてきました。今でも、患者さんからデータを集めて、今は普通に語られていることに何かおかしなことはないか探し続けています。

しかし、非科学的なことが存在することも知っています。特に、土地に縁があることはよく体験してきました。ある内科が閉鎖に追い込まれています。友人とともに、閉鎖後にすぐ再開できる準備をしています。医療機関には、そこに通う患者さんたちがいるからです。患者さんたちのために、閉鎖するわけにいかないのです。

だいぶ前から、その開業医のことは知っていましたが、場所は聞いていませんでした。ところが、昨日たまたま散歩していて発見したんです。父の会社があった場所のすぐ近くでした。その場所には元々開業医はいなかった気がします。父の会社の向かいに内科がありましたが、今はマンションか何かに変わってしまって、なくなっています。

父は、その向かいの古い内科に通っていました。一度行ったことがある気がしますが、古かったことしか覚えていません。なんでも父の言うことを聞いてくれるお医者さんだったようで、父は少し馬鹿にしたような言い方をしていました。内科の医者になったら、父に馬鹿にされる。そう思っていました。

そんな事とは関係なく、高校の時に見てもらっていた医者が、外科医だったので彼に影響されて外科になったんだと思います。喫茶店にバイトに行くなら、うちに来いと言われました。医学部進学が決まった春のことです。心電図のとり方を教わり、尿検査を任され、看護婦さんにくっついて、アンプル切りをさせてもらっていました。

ある日、入れ墨の入った人の胸水を抜くことになりました。先生は、患者さんに”内科に行けば、こんなことされずに済んだのに、不運だったな。。”そう言って、背中側から注射器をさして、胸水を抜きました。患者さんは、なにも言わずにじっとしていたと思います。

後で、先生が話されました。胸水を抜くのは、とてもしんどいことなんだと。彼は、やくざの親分だから、肝が据わっているんだと。普通の人なら、じっとしていないよと。。。

すごい世界があるんだと思いました。外科と内科では全く違うことも知りました。薦められる科ではなくて、やりたい科に進みなさい、そう話してくれました。彼は、耳鼻科向けだったそうですが、外科に入ったそうです。向いてなかったから、苦労はしたけどよかったと思うよとおっしゃってました。

その後、息子さんが、私の後輩になりましたが、すぐにバイク事故で亡くなりその通夜の夜に会いました。でっかい体で、すまんかったとおお泣きされました。何年もしてから、会いに行くと大学なんかに、長くいるもんじゃないとおっしゃってました。

久しぶりに会いに行ってみようかと思います。医者としては、私の師匠ですから。本当にでっかいからだの、貫禄のある外科医なんですよ。