高血糖と低血糖のひらいクリニック

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内科/外科/糖尿病・内分泌内科/消化器内科/肛門内科/形成外科/ (予約優先) ひらいクリニック 大阪市中央区南船場3-2-6 大阪農林会館 B-1号室 TEL06-6125-5350 FAX06-6125-5351

ひらいクリニック

   外科OGTT脂質異常症甲状腺消化器総合診療科

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無事、勉強会が終了しました

Posted on: 日曜日, 9月 11th, 2011 in: クリニックより

思いのほかたくさんの人に集まっていただき、心電図と歯科金属アレルギーの勉強会が終了しました。心電図の勉強は、脳梗塞予防の話まで発展しましたし、歯科金属アレルギーの勉強は、アトピー性皮膚炎の治療の話まで発展したので、意外と幅広い内容でした。また、昨今言われている歯周病菌が心内膜症の原因だと言われている話も、まだ真意がわかっていないようで、歯科と循環器内科に関連があることもわかりとても興味深かったです。

昨日は、いろんな医療機関から人が集まってくださって、お互いの交流の場にもなりました。勉強会と言っても、そばで子供も遊んでいたので、他とは違った雰囲気でした。子供のお母さんは、看護大学に行ってたことがあるそうで、日本語はわからないのに、心電図の話はわかったそうで、そのことがもっとびっくりしたことですね。

人には二通りあります。起業して成功するタイプと雇われで実力を発揮するタイプです。自分がどちらのタイプなのか、じっくり考えてみるのも面白いですね。私は、クリニックや会社を起業していますが、雇われのほうが、実力を発揮しやすいタイプです。ナンバーワンより、ナンバーツーが性に合ってるんですよ。でも、今やらないとならないことは、やるしかないんですよね。

それも、なんだか楽しいじゃないですか。。。いつか、雇われの身に戻れることを考えながら、スタッフの生活を守っていきます。

パチンコ屋さんに行ってみました

Posted on: 土曜日, 9月 10th, 2011 in: クリニックより

隣接する焼き肉屋さんがあくまで20分ほどあったので、久しぶりにパチンコ屋さんに入ってみました。前に、入ったのは10年近く前だったのですが、ものすごく進化していました。パチンコ台は派手でなんだか分からないボタンもあるし、台の中の画面も大きくなっていました。店の中も明るく、カフェのようなスペースもあり、とても近代的な雰囲気でした。

1000円だけやってみましたが、すぐに終わってしまいましたね。。。実は、パチンコは高校生の時にやめたのです。電動になってしまったので、やめました。学校が嫌いだったので、ときどきさぼっては母とパチンコ屋に行っていたので、友人たちにも”また、パチンコ屋に行ってたんだろう”と言われていました。特にパチンコが好きなわけではなく、たまに時間つぶしに遊んでいるだけでした。

3歳までの記憶はありませんが、母の話によると父は赤ん坊の私を連れて、パチンコ屋に行き、自分のそばで遊ばせていたそうです。父は、私をジャケットの中に突っ込んで、バイクで走り回っていたので、母は、とてもハラハラしていたそうです。3歳年下に妹ができ、父の愛情は妹に移りましたので、私の記憶には、父がそばにいたことは残っていません。

その後、高架下で、靴下屋の露天商をしていた祖母を時々手伝っていたので、祖母に連れられてパチンコ屋に行ってました。パチンコの打ち方は、祖母に習ったのだと思います。レバーにうまく指を引っ掛けて、てっぺんあたりにうまく球を落とす。左手で、うまく球を入れていくなど、いろんな技術が必要だったと思います。当時は、1000円もあれば、長い時間遊んで景品までもらえていましたので、今のパチンコとはかなり違いますね。

小さいころから、パチンコ屋に出入りしていたせいか、今もパチンコにはあまり興味がありません。ただ、昔のような手打ちのパチンコ屋さんができたら、また行くかもしれません。今のパチンコは、かけごとになっているようですが、昔は娯楽でしたからね。変わってしまったことは、残念で仕方ありませんね。

パチンコ玉が、あちこち動き回る姿をじっと見ていると、余計なことも考えませんし、頭の休憩になったんだと思います。球がうまくチューリップに入ってジャラジャラという音が聞こえると何となくうれしくなりますし、小さなストレス発散になってたんだと思います。集めた球をカウンターに持っていって、どの景品と変えてもらうか考えるのも楽しかったですね。

日暮れ時に、紙袋いっぱいになったお菓子を抱えて、”ママびっくりするだろうな”と言いながら、母の驚く顔を想像しながら、父と帰路についた記憶が、かすかによみがえってきました。

クリニックの支店?ができそうです

Posted on: 金曜日, 9月 9th, 2011 in: クリニックより

以前から構想していたジェントルマンクリニックを作ることができそうです。ある内科が、廃業に追いやられるので、複数の医者ですぐに再開させようとしています。医療機関には、必ず患者さんが付いているので、簡単にやめるわけにはいかないのです。ところが、企てていた医者はみな近畿厚生局から目をつけられていたので、スタートが困難に思えました。しかし、ノーマークの医者が見つかったのです。

いろんな案が出ていますが、とりあえず時間がないので、あらゆる人に動いてもらわないとなりません。ひらいクリニックも、たった3ヶ月でゼロからスタートさせたので、すでにある施設を使えば、もっと短時間でスタートに持っていけるはずです。

まずは、海外渡航者が受けないとならない特殊な予防接種を扱っていこうと思います。それ以外に、水商売の人に合わせた診療時間を設定して、医療機関に行きづらかった人のためになるように考えないとなりません。脳外科医、外科医、麻酔科医で作るクリニックなので、本当に面白いものになると思います。単なる開業医ではありませんよ。

クリニックももうじき1周年を迎えますので、関係者を集めてのパーティの準備もしています。お世話になった方へのお礼をしたら、やっと一段落します。大阪だけでも、いい医療が受けられる街にしたい、そういう思いが少しずつ伝わりだしている気がします。

救急のたらいまわしについて

Posted on: 木曜日, 9月 8th, 2011 in: クリニックより

救急のたらいまわしについて書かれた、冊子を見ました。埼玉や千葉など人口当たりの医者の数が少ない場所で多く起こっているそうです。しかし、大阪のような大病院が乱立している都会でも起きていると書かれていました。大病院がたくさんあれば、うちが断ってもどこかがとるだろうと思うからです。断った後その救急がどうなったかをすべて知ってもらうようにすればいいと思います。それを知らないから簡単に断るんです。

矢木脳神経外科病院では、連絡が何件目なのかを調べていました。東大阪など遠方からの救急は3件目だということはざらにありました。矢木ならすぐに受けるのだから、最初から矢木に連絡すればいいのにと救急隊に話したこともあります。でも、それはできないそうです。なるべく近くから探さないと、患者さんにも叱られるようです。

救急の記事の中には、ある不幸な話が書かれていました。夜10時に骨盤骨折、受け入れ先がなかなか見つからないために、出血多量で亡くなられた方のことが書かれていました。当直時間帯は、医師が一人しかいないこと、手術までできる準備がないと、骨盤骨折などの重傷は受け入れ困難だということが検証されていました。

でも、そうでしょうか?何をやっても助からないことがあります。骨盤骨折は折れる場所によっては軽傷で済みますが、どうにもならない場所もあるんです。目の前で、出血でおなかが膨れて行っても、手が付けられないことも多々あります。出血というのは、出ていく場所がなくなれば止まります。なので、それを待つしかない状況もあるのです。

この件では、医者が不足する夜間帯に受傷していることはある種、本人の運命だったのではないでしょうか?骨盤骨折でも、何もしないでも治ってしまう場合もあるのです。打ち所が悪かったとしか言いようがありません。

では、夜間の医者を増やせば、たらいまわしはなくなるのでしょうか?現実的には無理です。国が医者の当直は、宿直扱いしているので、必ず翌日に通常業務があるからです。当直医は翌日の仕事に影響でない範囲でしか動けません。また、医者だけでは何もできないので、オペをするならオペ室のスタッフが数人は必要になってきます。病棟と違って、オペ室は翌日には定期の手術があるので、医者と同じ扱いを受けます。寝ないまま次の手術に突入なんてざらにあるんですよ。

あと、冊子に書かれていましたが、産科救急を取ろうと思えば産婦人科医のほかに、麻酔科医、小児科医まで必要だと。それだけそろえるのは難しいだろうと。。。でも、そうでしょうか?そろえてからとる必要はないはずです。とってから一人で手におえないなら、応援を呼べばいいのです。これには複数の病院の協力が必要だと思います。複数の病院の医者がネットワークを作って、何かあれば応援に駆けつける準備をすればいいのです。一つの病院で解決しようとするから無理があるのです。

でも、もう一つ立ち返れば、なぜ専門医を集めておく必要があるのでしょうか?かかりつけ医でもそうですが、救急をする医者はオールマイティで見ることができるのです。夜間は極力、何もしないのが原則です。粘るという言い方をしますが、環境が整う朝まで粘るんです。無理して、何か処置をしようものなら、もっとひどい状況に陥ることを経験上からわかっているからです。

なぜこんなことになったのか、それは民意です。どんな時間でどんな状況でも、専門医に診てくれという民意のわがままから、専門ではないからと断りだしたのです。救急の崩壊は、それを利用する人によって作り出されてしまったのです。変えるべきは民意ではないでしょうか?

乳がんを早期発見するために

Posted on: 水曜日, 9月 7th, 2011 in: クリニックより

昨日、民間の方で乳がんを早期発見するためにいろいろ活動されている方と知り合いました。乳がんを触るとどんな感じか、そんなサンプルがあるそうです。それを触らせて、”ね、素人では分からないでしょ、だから検診に行きましょうよ”と話をしているそうです。

ところで、検診の触診がどれだけ精度が高いか?検診は市町村が行っていますが、私が知っている限り、内科でも小児科でも触診させていました。乳がんを触ったことがない人たちです。また、多くの婦人科が触診を行っていますが、婦人科の先生に触診方法を習うようで、触診方法が全くなっていないのです。子宮がん検診を習い出したころに、何人かの婦人科の先生に触診方法が間違ってると話をして、本来の触診方法を教えました。

触診で、一番いいのは、自己検診です。特に、生理が終わって次の排卵が起きるまでの間が一番触りやすい時期です。その時期に合わせて、検診に行くほうが難しいと思いませんか?また、最近の若い人は乳房が大きくて硬くなりだしています。食事の欧米化で、外国人のような乳房に変わってきているのです。こうなってくると触診は、かなり精度が落ちます。”あなたの乳房は、乳腺エコーしておいたほうがいいですよ。”そうお話しています。

また、知り合った方は、食生活と乳がんが関係ないといいきっていました。誰からそんなことを聞いたのでしょうね、逆です。食生活が乳がんを作っているのです。昨日は、たまたまテレビを見ていると教育は洗脳であると話されていました。私は、ずっと前から、日本がされてきた洗脳を解かないとならないと訴えてきています。おとといは、地方の病院が地域住民によって閉鎖に追いやられていることも知りました。本来は、地域住民が病院を守らないとならないのにです。

民間の人は、敵が病院であったり、医療関係者であったりすると思っています。まったく違いますよ。敵は厚労省であり、国なんですよ。医療を崩壊させているのは、国の政策なんです。いい加減、気付いてほしいですね。

今日は、朝から日本大学医学部付属練馬光が丘病院の記事を見ました。その中に、内科系では保険点数で100円稼ぐのに109円を要する「-9%」の逆ざや状態。そして、産婦人科も100円稼ぐのに118円の費用が発生するという「-18%」の逆ざや状態と書かれていましたが、内科系はまだましで、産婦人科系も参加があればまだ収益はありますよ。外科系、肛門科でこの数字を出してほしいと思います。逆ざやどころではないと思いますよ。

クリニックは、月に200万の経費がかかっています。保険診療ではいるのは、100万円程度なので、よそでアルバイトして補てんしてますが、それも40万円程度、月60万円の赤字です。当然、融資も受けていますが、こんな状態でどこまでやっていけるか不透明です。医療機関の実情が、こんなことになっているって、誰も思ってないでしょうね。

経費がそんなにかかってるのは、医者の給料が高いと思ってます?私は、クリニックからは給料なしで、別に作っている会社から、月15万いただいているだけですよ。それも、最近になってやっともらえるようになっただけです。これが、実状なのです。

後輩たちがひどい目に会ってるようです

Posted on: 火曜日, 9月 6th, 2011 in: クリニックより

3人の後輩がひどい目に会ってるようです。以前より、私のところには相談事がよく寄せられるのですが、それが3件重なることがよくあります。以前は、自分あるいは近い存在の人のがんの相談が、3件相次いだことがあります。後輩から、がんの相談が来るなんて、本当に悲しい話でした。

今回は、3人の医者の仕事のことの相談が、1日に3件も相次ぎました。ひとりには、前から大学をやめるように話していたのですが、その時期が来たようです。今後の仕事のことを早急に相談して決めていかないとなりません。

もう一人は、アルバイトを探してあげれば済みそうです。本人の専門性も生かしてもらえる場所も提供できそうです。もう一人は、これからどう対応していくかを考えていかないとなりません。地方での医療が崩壊しかけているようです。

後輩からのメールの最後の言葉が衝撃的でした。
経営側がアホな患者の為の便利な病院を目指すために、優秀な医師が機関病院を去っていくという悲劇が起こっているように思われてなりません。

土地に呼び戻されると言うこと。。。

Posted on: 月曜日, 9月 5th, 2011 in: クリニックより

私は医学にかかわってきたので、科学者だと思います。データを集めて、論証して結果を導き出す、そういう仕事ばかりしてきました。今でも、患者さんからデータを集めて、今は普通に語られていることに何かおかしなことはないか探し続けています。

しかし、非科学的なことが存在することも知っています。特に、土地に縁があることはよく体験してきました。ある内科が閉鎖に追い込まれています。友人とともに、閉鎖後にすぐ再開できる準備をしています。医療機関には、そこに通う患者さんたちがいるからです。患者さんたちのために、閉鎖するわけにいかないのです。

だいぶ前から、その開業医のことは知っていましたが、場所は聞いていませんでした。ところが、昨日たまたま散歩していて発見したんです。父の会社があった場所のすぐ近くでした。その場所には元々開業医はいなかった気がします。父の会社の向かいに内科がありましたが、今はマンションか何かに変わってしまって、なくなっています。

父は、その向かいの古い内科に通っていました。一度行ったことがある気がしますが、古かったことしか覚えていません。なんでも父の言うことを聞いてくれるお医者さんだったようで、父は少し馬鹿にしたような言い方をしていました。内科の医者になったら、父に馬鹿にされる。そう思っていました。

そんな事とは関係なく、高校の時に見てもらっていた医者が、外科医だったので彼に影響されて外科になったんだと思います。喫茶店にバイトに行くなら、うちに来いと言われました。医学部進学が決まった春のことです。心電図のとり方を教わり、尿検査を任され、看護婦さんにくっついて、アンプル切りをさせてもらっていました。

ある日、入れ墨の入った人の胸水を抜くことになりました。先生は、患者さんに”内科に行けば、こんなことされずに済んだのに、不運だったな。。”そう言って、背中側から注射器をさして、胸水を抜きました。患者さんは、なにも言わずにじっとしていたと思います。

後で、先生が話されました。胸水を抜くのは、とてもしんどいことなんだと。彼は、やくざの親分だから、肝が据わっているんだと。普通の人なら、じっとしていないよと。。。

すごい世界があるんだと思いました。外科と内科では全く違うことも知りました。薦められる科ではなくて、やりたい科に進みなさい、そう話してくれました。彼は、耳鼻科向けだったそうですが、外科に入ったそうです。向いてなかったから、苦労はしたけどよかったと思うよとおっしゃってました。

その後、息子さんが、私の後輩になりましたが、すぐにバイク事故で亡くなりその通夜の夜に会いました。でっかい体で、すまんかったとおお泣きされました。何年もしてから、会いに行くと大学なんかに、長くいるもんじゃないとおっしゃってました。

久しぶりに会いに行ってみようかと思います。医者としては、私の師匠ですから。本当にでっかいからだの、貫禄のある外科医なんですよ。

モニター心電図の勉強会

Posted on: 日曜日, 9月 4th, 2011 in: クリニックより

今週土曜日18時よりクリニック待合にて、モニター心電図の勉強会をします。もともと、看護師たちが現場で行われているモニター心電図について、不安を感じていたので、どんな波形になったら、緊急対応したほうがいいのか、どんな波形なら経過観察でいいのかを詳しく知りたいという意見から設定しました。

看護師向けではありますが、身内に重傷者を持っている方など、興味のある方は、どなたでも参加していただけます。日頃、医療関係者との距離を感じている方には、近い距離で質問をしていただけるので、いい機会だと思います。講師の先生のご配慮で、参加費は無料にしています。

また、脳外科医の希望で、心電図の続きで、金属アレルギーの勉強会もします。連携している高歯科医院の院長が話してくれます。アトピーだと思っている皮膚のトラブルが、歯科金属のアレルギーだったと言うびっくりするようなお話が聞けます。高先生は、私の親友ですが、海外でも広く活躍されている方です。

勉強会の後、懇親会をしますが、これだけ1000円集めます。軽い食事をしながら、もっと講師の先生と近い距離でお話ができると思います。参加は、メール予約からも受け付けていますが、当日の飛び込みでも可能です。ただし、会場がいっぱいの場合はお断りする場合もあります。

この機会に、からだのことを勉強してみませんか?

うつ病の検査ができるようになるようです

Posted on: 土曜日, 9月 3rd, 2011 in: クリニックより

今まで、うつ病は確定診断する方法がありませんでした。SDSやSTATという心理の検査をする質問用紙はありましたが、内容がかなりきつい内容で、日本人向けではないと思っていました。うつ病の診断は、医者の判断というあいまいなものしかなかったのです。

私自身も、うつ病の方を治療したことがありますが、見た目は全くうつ病と言う感じはしませんでした。ただ、家族の訴えは、典型的なものがありました。テレビを見なくなった、好きだったものを食べなくなった。テレビをつけてそっちを向いていても、見ているわけではないようで、内容を聞いても答えられないのです。

本人は、そういったことになっていることを隠したいので、嘘をつくこともあります。よくどんな番組を見ますか?と聞くと、料理番組と答えた人がいました。でも、家族は見ていないといいます。デイサービスで自宅まで送ってもらったら、そのまま玄関で何時間も寝ているという話も聞きました。

ただ、そんな場合でも、うつ病なのかうつ状態なのかは、判断が難しいところです。精神科の医者は、うつ病と診断せず、うつ状態といいます。病気と思っていないからかもしれません。確かに、今まで見てきたうつ状態の方は、家族の期待が大きすぎるようでした。元気になってほしい、その期待が大きすぎるとそれにこたえられない自分が嫌になり、うつ状態になる気がします。

うつ病だと診断を受けている人に、うつ病じゃないと判断し、薬をやめさせ正解だったこともたびたびありましたし、うつ病かもしれないと言う人に、うつ病じゃないと言ったこともたびたびあります。たいがいは、目を見ればわかります。後は、誘導尋問ですね。。。問題は、うつ病だと思われている症状の中に、本当の病気が隠れている可能性があり、それを発見するほうが重要なのです。

些細な症状を訴えてくる人は多くいます。それが、正常範囲のことなのか病的なものなのかを判断するのは、とても難しいです。ストレスでしょうと言うことは簡単ですが、ストレスじゃなかった場合、何を考えないとならないかが、とても重要になります。一つ一つの症状から、可能性のある病気を探して、検査して否定して、そんな作業が続きます。

なので、こういった場合は、短時間では解決できないことのほうが多いのです。そのうち、ストレスも検査できるようになるといいと思います。ストレスは、本人がかかってないと思っていても、深層心理でかかっている場合もありますし、それを探し出すのは本当に大変だからです。

胸の痛みを訴える人の中には、心筋梗塞から、逆流性食道炎、肋間神経痛、乳腺症、狭心症など様々な疾患が隠れています。痛みの出るタイミング、場所などあらゆることを聞き出して判断しなければなりません。そういったことを探すのには、患者さんの協力も必要です。そういえば、こんなときになりますなどと出てきだすとゴールが近くなってきます。それがなければ、判断できないのです。

病気を治すと言うより、不安を感じたり、生活に支障のある症状を治すことが重要だと思います。病気は、うまく付き合っていかないとならないものも多くあり、治らないもののほうが多いからです。以下に楽しい生活を送れるようにするか、それが医療がすべき仕事だと思います。

医療関係者の非常識

Posted on: 金曜日, 9月 2nd, 2011 in: クリニックより

医療関係の人は、常識があまりないとよく言われます。世界が小さいことや、会社など確立した組織に所属したことがないからだと思います。一番よく言われるのは、あいさつです。何時にあってもお疲れさんです。芸能関係なら、何時にあってもおはようございますと言うそうです。

この言葉の違い、スタートと終了の違いがありますよね。医療関係では、相手が当直明けかもしれないので、お疲れさんというほうがいいと思っているのだと思います。わたしは、お疲れさんと言われるといつも”疲れてへんわ。ぼけ”と後輩の胸ぐらをつかんでいました。この言葉が嫌いだったからです。

ところが、最近になって、この言葉は目上の人に言う言葉ではないと知りました。目上の人が、下のものに言う言葉だそうです。目上の人が、先に帰るときに下のものに”お疲れさん”と言って帰るそうです。この言葉の裏には、”まだ疲れてへんやろ、しっかり仕事しろ”という意味もあるそうです。ある意味、嫌味ですね。

なので、後輩に言われて、激怒していた私の行動は合っていたようなのです。不思議ですね。目下のものが目上の者を残して、先に帰る場合は”お先に失礼します”と言うそうです。言葉には必ず裏の意味があります。特に日本語は二重三重で意味がある場合があります。それを知るとまた面白いですね。

料理を作ってくれた人に、”いただきます”といい、”ごちそうさまでした”と感謝する。料理を作ったものは、”お粗末さまでした”と謙遜する。土産、手土産は”しょうもないもんですが”(大阪弁)と言って渡す。本当は、いいものを持っていっても謙遜して言うんですよね。

2週間ほど前、手術で熊取の病院に行ったとき、シュークリームを手土産にもっていきました。お中元の意味もあったし、お盆だから暇だろうと思ったのです。ところが、大変な手術をしていて、スタッフたちは大わらわでした。シュークリームがあるから頑張ると、張り切っていました。昨日、再び訪れると、何人もの人にシュークリームおいしかったですと言われました。私は、シュークリームのことなど忘れかけていたので、びっくりするとともに、うれしかったです。

きっと、大変な仕事で疲れて、甘いものが元気づけてくれたんだと思います。