実は、北陸と大阪、南半球をつなげたいのです。毎年関空を利用して海外に行っていました。ところが、国の政策が悪いから、関空はどんどんさびしくなって行きました。どうしたら、関空をもっと使ってもらえるようになるか、それをずっと考えていました。国に任していたら間に合いませんからね。。。
新型インフルエンザの時でしたよね、成田の検疫の女医さんが本当に怒っていました。検疫のメンバーだけで、阻止しきれないとテレビで訴えていましたよね。これで、やっと国も気づくかなと思っていました。海外からの航空便を名古屋と関西に分散すればいいだけの話ですから。ところが、それ以降も全く変わりません。変わらないどころか関空は、ますますさびしくなってきています。
金沢には、南半球からたくさんの留学生が来ています。オーストラリアと提携していたと思います。ところが、その人たちは、成田経由で、小松空港に降りるんです。関空ー小松がないからです。それなら、特急に乗せればいいと思いました。はるかと雷鳥の乗り継ぎです。ニュージーランドには、電車があまりありませんので、喜ぶと思いますよ。現地の友人のアドバイスもありました。ニュージーランドであったオーストラリア人にも聞きました。ローカルばかりの小さなスキー場で、ウエットな雪ですよって。。でも、ローカルがうれしいようです。京都は飽きたしね。。。。それで、金沢の紹介をしました。日本の古い伝統の残る街です。そこから1時間でスキー場に行けます。エリアに3か所スキー場があるので、バスで移動すれば、ニュージーランドと同じ環境なのです。温泉もあるよって話しました。行きたければ、彼に頼んでねって、現地の友人を紹介してきました。
北海道は、外国のように変わってしまい、物価も高くなりました。北陸は、少し外国人向けもありますが、まだまだ昔のままです。いけるかもしれない。そう思って、今回の企画を進めました。フランコたちが、ニュージーランドに戻って、大阪と金沢の話をしてくれればそれでいい。彼らは、来てすぐに金沢に行かせます。金沢からスキー場へは、宿の女将さんが車で迎えに行ってくれます。通訳として、私の母親を予定しています。小学校しか出ていないので、日本語は読むことも書くこともできません。でも、なぜか英会話を年取ってから習って、話はできるようなのです。
彼女の英会話の勉強はそれは大変でした。ABCを知らないんです。大文字と小文字もわからず、最初はabcを書く練習から始まりました。いつも勉強の本を持ち歩き、温泉に行っても暇になると勉強をしていました。ときどき質問されていました。でも、びっくりしますよ。日本語のほうの意味がわからないんですよ。教えると、何だそんなことかと言ってました。発音は、外国人に直接習ってるので、案外うまいです。日本語読みせず、直接聞いたことを真似してるからですね。3歳くらいの子供が、言葉を習っていくのと同じ方法です。そうやって、長いことかかって、今では街中で道を教えてあげているそうです。
まだ、ついて行ってくれるとは聞いていませんが、行ってくれれば面白い旅になりますよ。フランコたちも喜ぶと思います。外国の方は、老人には本当に親切ですからね。。。飛行機だって、老人を連れていたら、先に行けと通してくれます。日本では、子供づれしか優先搭乗はありませんよね。どうして老人を大事にしないのでしょうね。医療でもそうです、老人は施設にほりこんでほったらかしです。国がそういう施設を作ってしまったから、そうなってしまったのです。国は、老人には医療を受けさせず、施設で過ごさせるようにしましたが、それが間違いです。ちょっと頭をうっただけで、病院に連れてくるんです。家にいれば、”ばあちゃん、きおつけろよ”で終わるはずのことでもです。他人が見ているので、責任を負いたくないからでしょう。
老人相手の看護をしている人たちはみな言います。老人はかわいいけど、家族が嫌だと。たまに来てはとやかくいって帰るのでしょうね。年寄りだから弱っていくのは当たり前、毎日見ていればわかります。ところがたまにしか来なくて、前より弱っていたら、施設のせいにするのでしょうね。おかしい話です。優先座席などと色分けしないとならないくらい、日本は老人を大事にしなくなっています。大事にしていれば、優先座席など作る必要はないはずです。ある電鉄会社が、全席優先座席としたそうです。当たり前のことです。でも、逆効果。。。誰も席を譲らなくなったそうです。変ですよね。子供は立たせて、老人を座らせる。それが当たり前なのに、最近は子供が優先になっています。
大阪の政策もどうかと思っています。先に子供を助けてってことなのでしょうが、老人も同時にしなきゃだめですよ。老人が笑ってる環境じゃないと、子供は元気になりません。子供は親より年寄りからいろんなこと学ぶのですから。もっと年寄りと子供が接触できる場所が必要です。子供は社会の宝です。親の持ちものではありません。昭和初期に戻そう、思いが同じスタッフたちが集まりました。自分にできることは何でもしよう、資格など関係ありません。できることからやっていくことで、何か新しい発見があると思います。