高血糖と低血糖のひらいクリニック

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内科/外科/糖尿病・内分泌内科/消化器内科/肛門内科/形成外科/ (予約優先) ひらいクリニック 大阪市中央区南船場3-2-6 大阪農林会館 B-1号室 TEL06-6125-5350 FAX06-6125-5351

ひらいクリニック

   外科OGTT検 査 脂質異常症甲状腺消化器総合診療科


ひらいクリニックは閉院致しました。


糖尿病・内分泌内科/消化器内科/形成外科
ひらいクリニック



ご挨拶 Message from Dr.KYOKO

ひらいクリニックは2019年3月に閉院しました。

2018年年末に手術を受けることになり長期療養が必要になったため術後3が月に最終の整理を行い、閉院させていただきました。

ひらいクリニックは”待たせない医療”を実現させた場所でした。
しかし、待たせない医療は、並行して、”どうやって黒字にしていくか”を考える場所でもありました。

今後も、ホームページ上でいろんな情報を流していこうと思っています。
ひらいクリニックの再現は無理でも、情報発信の場としては残していこうと思っています。


新着情報 What's New

4月 03 2020

イントラ年次講習はとても楽しかったです

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イントラ年次講習はしょっぱなから波乱続きでした。午前中は座学、午後からゲレンデに出て2時間の実技講習の予定だったので、板のレンタルも午後だけにしていました。板は初心者用の柔らかい板しかないよと言われましたが、基礎の講習だと思っていたので、柔らかくて大丈夫ですと言ってました。

ところが、受付前に張り出されたグループ分けでは私は基礎グループではなかったのです。スタッフに基礎だと思っていましたというと、一度基礎の講習を受けていたら、基礎ではなくて応用?の方になるようです。午後からだと思っていた実技は午前の座学を30分ほどに短縮して、すぐに実技を始めるとのことで、慌ててレンタルショップに借りに行って、リフト券も用意しました。

30分の密度の濃い座学は講師のトークがうまくて引き込まれるようでした。そのあとすぐにゲレンデに出て、いきなり上級者用のリフトに向かいました。私は2シーズン全く滑っていなかったし、板もレンタルなので、慣れていない状況です。”どないしよーーー”と思っていたら、案の定、最初の急斜面で転倒して、お尻で滑落してしまいました。

でも、講師が無理しなくていいと言ってくれたので、出来る範囲でついていきました。周りもインストラクターですが、自分が習うことに必死です。私も邪魔しない程度に、おとなしく滑るようにしていました。2時間だったはずの実技は3時間に増えて休憩なしのぶっとうし。だんだん、いつものようにレッスンを受けていると勘違いしだしたほどです。

最後に再び、上級者用のリフトに向かうときには、スケーティングが出来なくて、板を外してリフトに向かいました。講師は途中棄権してもいいと言ってくれましたが、こうなったら意地でもついていこうって。でも、肺が裂けるかって思ったぐらい大変でした。後で聞いたのですが、標高1500mだったので、酸素も薄かったそうです。

上級者のリフトを下りたら、皆さん待っていてくれました。そこに、基礎のチームが合流して、基礎チームは昼ご飯を食べたし、Bチームはもう終了したと聞いたのです。”うっそーーー”って思う間もなく、”一番羨ましがっているのは平井さんでしょう”と講師に的をつかれ、ずっこけてしまいました。

最後までついて行けたのは、自分の自信にもつながったし、何と言っても、その日に一緒に滑ったイントラの方々と、素敵な講師との出会いに感謝しました。後で知ったのですが、講師は私のスノーボードの師匠の大先輩だそうです。どおりで後姿がそっくりだったわけです。

4月 02 2020

産業医の現場を大事にしています

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産業医になったものの、産業医の仕事は見つからず日が過ぎていきました。その間に労働衛生コンサルタントも取ったのですが、産業医の上の国家資格で合格するのも難しいのですが、知名度が低く、だれにも理解してもらえませんでした。産業医は医師会が仕切っているようで、個人に仕事が入ってくることは無いと友人に聞きましたが、医師会は入っていないので仕方ないと思っていました。

ところがホームページで見たと、飛び込みで仕事の依頼が来ました。実際に仕事を始めるまでには時間がかかったのですが、ようやく契約まで済んで、会議初デビューだったのですが、台風の影響で施設に損傷ができ、会議は中止になりました。損傷の程度の視察をしたいと申し出ましたが、危ないからと断られました。ようやく初めての会議。。。。緊張していましたが、こんなものなんだとわかりました。

そして、2回目の会議の日に急遽入院が決まってしまい、申し訳ないですが、手術のため欠席しますと伝えて、手術に臨みました。手術の翌月には会議への出席を再開したのですが、出席することが精いっぱいの時期でした。何の手術をしたのかとか病名含めて伝えていなかったのですが、術後だということはわかっていたので、心配してもらっていました。

やっと、私の病気のすべてを会議で伝えることが出来ました。伝えてもいい時期が来たと判断したからです。会議は私の思惑どおり、笑いの絶えないものに変わって来ていましたので、私の病気の報告の時も笑い声が絶えませんでした。個別の生活指導もしたかったのですが、術後の体調不良で対応できない日が続いていたのですが、その件もやっと話を進めることが出来ました。

大企業の子会社ですが、バックに大企業が付いているので、何事も本当にしっかりしたことをやっています。そんな環境は、医療の世界では存在していないと思います。大企業というのが医療の中にはないからでしょう。父が中小企業の経営者だったので、企業というものに興味があり、頭を突っ込みだしたのですが、父の仕事に共感できなくて医療の世界に一人で飛び込んだのに、再び、企業に興味を持ち頭を突っ込んでいるのですから、何があるかわからないものですね。

4月 01 2020

大切な友人の命日です

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私のことの唯一の理解者だったかもしれない友人の命日です。孤児院で育ち、社会人になってから公立の医学部に入学し、医者になった人です。気性も激しく、整形外科医だったのですが、外科医を嫌う典型的な先生だったと思います。ところが、何がよかったのか、私のことは一目置いてくれて、高い評価をしてくれていました。

長い間、交流もなかったのですが、共通の知り合い通じて再び再開し、楽しい時間を過ごしました。自分の大学の同窓会の集まりに呼んでくださって、そのメンバーになればいいとも言っていただきました。でも、出身大学が違う以上、学生時代の共通した思い出がないわけで、メンバーに入るわけにはいきません。ただ、個々の先生方とは個別にお付き合いはさせていただいたんですけど。

彼にがんが見つかり、余命が告げられたと本人がFB通じて公表し、その後どう過ごしたかも公表しました。開業医で儲かったお金はほとんどを出身大学に寄付されました。それも、返済しないとならない奨学金では無くて返済しなくていい奨学金を作ったのです。FBのメッセンジャーを使って公表していたので、返信してみたのですが、返事はありませんでした。返事する余裕はなかったのかもしれません。

彼がなくなったと聞いたのは、一昨年の春でした。亡くなった後で命日を聞いたのですが、私の誕生日の翌日でした。私の誕生日を避けてくれたんやって思いました。エイプリルフールに亡くなるなんて彼らしいって思いました。彼に病気が見つかった直後に彼のクリニックの診療を手伝いに行くことになりました。整形外科的なことはできますので、問題はなかったのですが、狭い診察室にこもりながら、彼は何を見て何を考えていたんだろうって思いました。

わたしだったら、そんな狭い診察室は嫌でしたから。気性の激しい人で、スタッフは入れ替わりながら、彼の文句を言いに来ていました。でも、そんなこと言いながら慕っているのはひしひしとわかりました。次の先生が見つかるまで、医者が入れ替わり入り、スタッフだけで運営されていました。結局、看護師の知り合いの医者が診療所ごと引き継いだのです。私は、閉院したらスタッフが仕事失うので、そっちが心配で現場に手伝いに行っていたので、話が決まったと聞いてほっとしました。

今回、私が病気療養することになったのですが、その時期が彼がなくなった年の秋でした。自分に病気が見つかったとき、彼が知らせに来てくれたと思ったんですよ。それぐらい、早い時期に病気が見つかったので、私の事を心配してばかりしていたので、病気のことも告げに来たんだろうなって思いました。

3月 31 2020

59回目の誕生日

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病気になるまで、還暦が近いことを全く理解していませんでした。老後の資金もなく、まだ友人から借金している状況です。いろんな部分で自分にまだのりしろがあると感じ、日々進歩していたので、年齢を気にしていなかったのです。ところが、病気して初めて、ここで死んだら年金ももらえないんやと思うと本当にばかげていると思いました。

友人が立て続けになくなった後でしたし、彼らも年金をもらうこと無く亡くなったので、無念だったと思います。クリニックの経営が苦しいときも何度も思いました。年金要らないから、年金で積み立てたお金を今返してくれと。。。実際に年金基金の方には、そういいました。今返してほしいと。年金以外の余分に積み立てていたお金なので、返してくれてもいいと思いましたが、65歳以上にならないとだめだそうです。

同い年の友人は、もう還暦だからおとなしくしていると言います。私は子供がいないから自分の実年齢をあまり感じないのかもしれません。でも、からだは日々進化しています。ピラティスをすることで、腹筋もしっかりしてきたし、声も以前よりまして出るようになってます。

私は年齢は自分で決めるものだと思っています。戸籍が勝手に決めた年齢というのは認めていないんですよ。周囲からは3歳から成長していないと言われていますが。。。。

3月 30 2020

父との思い出を封印します

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今日は、父親との思い出に終止符を打つ日です。父の会社があった場所の近く、私が行った幼稚園の近くに住んでいましたが、その場所を離れて別の場所に引っ越しました。過去にあまり縁のない場所だったのですが、行ってみたら新しい縁がどんどん見つかりました。過去の縁にこだわっていたら、新しい縁が見つからないのかもしれません。

父親がたまに連れていってくれていた焼き肉レストランに行って、それを最後に封印しようと思ってます。実は、個室を取ってくれていたので、よっぽどお金を持っているんだと思っていたんですよ。しかし、それも見栄っ張りだったんですね。会員だったら、個室料金は発生しないんですよ。今更ながらに、うまいことやってたなと思います。家族すらだましていたんですから、笑ってしまいますよね。

自分自身で作った新たな縁の中で生きていこうって思ったので、思い出の焼き肉レストランの個室でお食事をしてくるんです。まあ、父に対する最後の敬意かもしれません。性格が全く同じだったようで、対立ばかりしていましたから。。甘えたこともないし、子供のころから常に張り合っていたのです。その影響で、父とは違う医療の世界に一人で飛び込んだんです。

それがよかったのかどうかはわかりませんが、腕に技術をつけるためにお金を出してもらったことは確かで、それは感謝すべきことだと思います。

3月 29 2020

発達障害なんていっぱいいますよ

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ある職場から、彼は発達障害があるから駄目だという意見を聞きました。発達障害は最近になって言われだした病状で、昔は性格が変わった人で片付いていました。医者にはアスペルガーが多いと言われていますし、京大はアスペルガーだらけだと聞きます。一つの能力が秀でるので、高学歴の人に多いのです。

なので、発達障害=使えない人 はだめだと思います。人をどう使うかは経営陣の責任であって、雇った責任があるのですから、使えるように適材適所で配置すべきです。必ず、適した場所があるからです。そう思ってクリニックもやっていましたが、クリニックでは仕事の種類も限られていて、資格が必要な部署もあります。それでも、配置換えして仕事の内容を変えてみて人を育てていましたが、断念したこともあります。適材適所の適所がクリニック以外の場所だったということになります。

育てられなかったことは残念ですが、いい職場を見つけてくれたらいいなと思って退職を促したこともあります。しかし、そういう意図が伝わらないことも多々あります。辞めていったスタッフがその後どうしているかはわかりません。連絡をくれる人はほぼいませんから。ネットでクリニックのブログを見てくれている元スタッフもいないんだと思います。そのことがもっと残念に思いますね。

3月 28 2020

奇遇なんですが、元ラガーマンでコリアンの人がメンテナンスしてくれています

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今、私の体のメンテナンスをしてくれている方が、二人いるのですが、二人とも元ラガーマンでコリアンだったとわかり、びっくりしました。私は子供のころからコリアンのお姉ちゃんを慕っていたので、国籍が違うことに全く抵抗はありません。日本に韓国籍の人はたくさんいると思いますが、それにしても、偶然というのは怖いですね。

他にも、びっくりする偶然がありました。手術のために入院した日と引越しした日が同じだったのです。入院も予定ではなくて、空き次第だったので、突然連絡があり入院したし、引越しも急遽決めたので、引越し屋さんの開いている日で最短の日を選んでいました。友人に、そのことを伝えて、”13日だったけど、金曜日ではなかったと思う”と言った後調べたら、片方が金曜日だったのです!!びっくりして、”違った、金曜日だった”と連絡すると、笑っていましたけど。。。

日本人は13日の金曜日はあまり関係がないのですが、なんとなく嫌なイメージがありますよね。大安、友引など日本的な考え方もありますが、それを医療に持ち込まれても対応できないのは経験しています。なので、自分で日程を決めることもなかったのですが。。。。

いろんなことに、何か意味があると思って毎日生活しています。縁があって初めて仕事につながるし、土地との縁、人との縁、縁に逆らって無理なことをすれば必ず修正のために何か起こると思っています。何事も無理しないのが一番いいですね。

3月 27 2020

まっすぐ行くのが好きな人と、ジグザグで進むのが好きな人

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駅までどう行くかで、意見対立したことがあります。距離があるけど駅が見えているところをひたすらまっすぐに行くほうがいいという人がいて、私は理解できなかったのです。目標が見えていたら、なかなか到達できないイメージがあるのです。私は、駅までは曲がり角の多い道が好きです。最後の曲がり角を曲がったら突然駅が見えるというシュチュエーションが好きなのだと思います。

こういった考え方の違いは、問題をどう解決するかということにも影響していると思います。私は、なんでも寄り道しながらだらだら進んでいくのが好きなんだと思います。でも、処理能力はほかの人の3倍のスピードがあるようで、よく、君にはだれもついていけないと言われていました。それで、スピードを落とすようにしているのですが、たまに忘れて、全力疾走してしまうと気があり、”やってしまった”と反省することもあります。

人それぞれのスピードで生きればいいし、自分のスピードを他人に押し付けるのも良くないと思います。スピードが合わないときは、私は寄り道をいっぱい入れて調整しています。”じっとしていたら死んじゃうんじゃないか”と思われがちなんです。芸能人にもいますよね。じっとしてたら死んでしまいそうな人が。。。

3月 26 2020

なつめやしの実を食べています

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なつめやしの実はデーツというそうです。私が好きなのは、ビーツでサトウダイコンです。名前が似ているので気になったのかもしれません。プルーンの実に近いようです。乾燥果物は、果糖が多いので注意が必要です。一日1個が限界だと思います。プルーンは生のものが好きでしたが、なかなか手に入らなかったと思います。ブルーベリーも生がいいですね。

デーツはオタフクソースの原料だそうです。原産国はイラクなので手に入れるのが難しくなっていくかもしれません。砂漠でできる実のようで生命力の強さが評価されているようです。ラマダン(断食)の後、最初に口にするそうなので、消化がいいのかもしれません。

私は、果物は南国のものは南国で必要があって食べられているのでお勧めしていません。でも、日本で取れる果物はどんどん糖質が増やされていて、ビタミンを取るためのものから単なるおやつに変化してしまっています。それで、山に勝手に生えている果物以外、おすすめできなくなっています。

それなのになぜビーツを試しているかというと、手術の影響で一度の少量しか摂取できなくなっているので、濃厚で栄養があって、少量で済むものを探しているからです。特にたんぱく質は大目に取りたいのですが、取りにくいのが現状です。肉を増やせば脂肪が増えるからです。かといって、合成されたプロテイン食品は体に合いません。おいしくないし、おなかも壊してしまいます。

何をどれだけ食べたらいいのか指標もありません。患者数が少ないので、作られていないんだと思います。透析などは患者数が多いので、たくさん作られているんですけどね。でも、透析が増えているのは、日本で腎臓移植が少ないからであって、腎臓移植が増えれば移植された人は食事制限から解放されるわけで、なんでこうなっているのか不思議で仕方ないです。

3月 25 2020

一度身についた技術はなかなか消えないものです

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スノーボードのイントラ更新講習を受けるというと周囲がとても心配しました。病み上がりだし、そんな体力ある?って感じです。でも、からだに身についた技術というのは案外忘れませんし、1シーズン全くゲレンデに出ていないし、今シーズンも更新講習だけなので、いきなりゲレンデなのですが、講習は基本動作の復讐なので、周りが思っているような派手な滑りをするわけではありません。

どうも、スノーボードという言葉に気を取られて、イコール危ない運動とイメージしているようです。イントラ講習なので、初心者に教える教師役の勉強会です。なので、周りもイントラだらけで、こけたりしても、すぐ助けてくれるしアドバイスしてくれるし、大人の中に、子供が入ったような雰囲気になるんですよ。イントラなんですが、普段アルペンをはいているので、講習の時にはくフリースタイルの板と靴には慣れていませんから、初心者のようにこけるんですよ。

前回参加したときも、講師にも教わりますが、周りがみんな教えてくれるので、とっても楽しかったのです。普段はいてない板なので、出来ないと思っていた動きが案外簡単にできて、周囲から拍手してもらったり。。。。。手術など医学的な技術でも同じことが言えます。10年以上していなかったCV挿入という技術が無理かなと思いながらトライしてみると出来てしまったり、十数年は執刀していなかったがんの手術。後輩に手術指導はしていましたが、執刀してなかったのですが、どうしてもと頼まれて、一人で慣れていない看護師相手にやったこともあります。

理論的には可能な方法ですが、点滴で眠らせて麻薬で痛みを取り、それだけでは起きてしまうので、局所麻酔を併用して、乳がんの手術をしたことがあります。全身麻酔ができない場所だったので、循環器内科の先生に呼吸状態の監視をしてもらい、必要なら挿管してくださいとお願いして。。。。乳房全摘だけするつもりが、リンパ節郭清までしてしまったのです。所要時間、50分程度だったと思います。麻酔のほうが1時間程度しか持たないので、何とかクリアーした感じでした。

認知症の患者の手術は家族が24時間付き添いをしなければしないと言われ、頼まれてしまったのです。大きな病院はそういうところがあるし、リスクを冒したくないわけです。それを、中小の病院でやらざるを得なくなってしまうんです。どうなっているんでしょうね。。。

それより驚いたのは、最近少し勉強したから知ったのですが、乳房全摘だけでリンパ節郭清をしなければ、良性疾患の手術として扱われ、手術代金が相当安くなっていたということです。がんには変わりなくて、リンパ節郭清以外もがんであればかなり慎重に取り除くのですが、それを良性疾患の手術と同じ扱いをされるのであれば、やってられないって話ですよ。今更ながらに、リンパ節郭清までしておいてよかったって思いました。

患者さんはというと、いつも寝てばかりいる状態でしたが、手術前は両腕で胸を触らせないようにしていました。麻酔をかけて筋力が抜けてやっと術野が確保できたぐらいです。ところが、術後は胸を腕で隠さなくなったのです。認知症と思われ、ずっと寝ているように見えていたのですが、がんになっていることはわかっていて、それを隠していたんだと思います。それがわかったとき、手術してよかったと思いました。